東京の街で思い出したこと

3月の終わりの日、東京国際フォーラムに行く予定があった私は、新幹線に乗って東京へ向かっていた。

当日の朝ふと、一番最後に行ったASKAさんのライブはどこだったかなと思いを巡らせていたら、そうだ、今日行く国際フォーラムだったんだ、と思い出した。

2013年1月のRocketツアー。もう5年も前なんだ。

子供が生まれてからは、チケットを別の日で一枚ずつ取って、夫と交代でライブに行くということをしていた。

東京の初日は夫が参加して来て、どうだった?と聞いたら、「新聞見たろ?てなことだ。待たせたねー!」と言っていたと聞いて、きゃーっ!かっこいー♡ってはしゃいでいた。チャゲアス復帰発表当日のライブだった。

翌朝のテレビでもその様子を放送していて、今日のASKAさんはなんて言うのかしら、わくわく、とはやる気持ちを抑えられずに会場に向かった。

前から2列目という良席でASKAさんが登場するのをどきどきしながら待った。そして現れたASKAさん、「こんばんは」と言って会場の上方を見上げるので、はて?と思いながら私もつられて見上げたら、「色んな意味で空が青いね。待たせたねー!」だって。うんうん、待ってたよー。

本当に素晴らしいライブだったな、という感動が今でも残っている。ただその時の細かな記憶が、年月の経過とともに私の中でだんだん薄れていっているのも事実で、それがなんだかさみしい。この日の収録、いつか観られると良いなって思う。

 

そんなことを道々思い出しながら東京に着いた。
いつもは乗り換えで慌ただしく通り過ぎるだけの東京駅だけど、今日は時間があったので寄り道をしていくことにした。

長い間、私の職場であった丸ビルを訪れた。何年振りだろう。何となく身体が上手くこの場所にフィットしないような感触を感じながら、かつて毎日通った場所を懐かしく見回した。

このレストランは夫と初めてのデートで来たところだったなとか、ここに昔、何かのイベントでCHAGEさんがやってきて、見に来たんだよなぁなどと思い出しながら感慨深い気持ちに耽った。ASKAさんが着けていたネクタイを昼休みに探しに来たこともあったっけな。ASKAさんのネクタイ姿は今も昔も変わらず素敵だ。

 

一通り散策を終えて、丸ビルから歩いて国際フォーラムに向かうことにした。仕事の後、ここからASKAさんのライブに向かったことが何度かあったなぁと思い出していた。

2009年の昭和が見ていたクリスマスの日は金曜日で、私は終業時間ぴったりにPCをパタンと閉じて退社して、この道を歩いて足早に会場に向かったんだ。会場で合流した夫と、間に合ったねってお互い顔を見合わせた。

あの日の私は、長く一緒に働いていた上司とASKAさんの姿が重なってしまって、ライブ中ずっと泣いていたんだった。

若くして人の上に立ち、強力なリーダーシップで数百人を牽引してきた魅力あふれる上司が、突然そのポジションを離れることになってしまった。もう一緒に働けないのかと思うと悲くて仕方なかった。

こんな人についていきたいと常々思っていたので、その人をサポートする立場になれた時はとても嬉しかった。時間にいつも間に合わなくて、大事なものをよくどこかに忘れてきてしまって、自分の言ったことを忘れてしまう人だということが程なくして分かったけれど。とても人たらしで、若者の話しを愛情を持って聞いてくれ、年上の部下からも慕われるリーダーだった。

きっとASKAさんもこんな人に違いないっていつも思っていた。だっておんなじ魚座のA型。背中を見せることでメンバーを引っ張り常に戦っているけれど、そうではない弱い一面も時にあるのだということを知った。

大勢の観客の前で堂々と歌うASKAさんも、きっと外からは見えない色んな一面を持ち合わせているのだろうなって思ったら、延々涙が止まらなくって、およそライブを鑑賞するという状態ではなくなってしまった。ちゃんと聴けなくてASKAさんごめん、って思いながら観ていた。

 

春の気持ちよい日差しを浴びてゆっくり歩きながら、そんなことを思い出していた。この街にはたくさんの思い出が詰まっているな。目に入って来る景色の変化に気付いては、街が少しずつ姿を変えてきたように、私も歳を重ねたんだなぁと思った。

気付くと頭の中で「同じ時代を」を口ずさんでいた。どうも、色んなことを懐かしく思う年齢になってきたみたいだ。

そうしたらなんだかぐすんぐすん泣けて来て、信号待ちの横断歩道で涙をふいた。やだなぁ、もう。

 

それにしても、私は生身のASKAさんにもう5年も会っていないんだ。そんなに長くあいたことって考えてみればなかった。

その間、私がASKAさんについて考えたり言葉にしていくうちに、ASKAさんは私の中で、より観念的な存在となっていったのではないかという気がする。

日々更新されるブログの向こう側には、血の通った身体を持つASKAさんが存在しているはずなのに、なんだか上手く想像出来ない。その一方で私は言葉を綴りながら、何やら複雑に絡み合った思いを積み上げているような気もする。

ASKAさんが目の前で歌っている姿を見たら、その声を私の耳に直に届けてくれたら、きっと色んなことが全部吹っ飛んで、どうでも良くなってしまうんだろうなって思う。私はただ泣きながらじっと聴くのだろう。

会いたいんだろうなぁ、私。

 

 

なんてことを会場近くのカフェで考えていたらまたぐすんぐすんして来て、今度はハンカチまで必要になってしまって、気付けば開場時間が過ぎていた。

もうほんと、私は何をしに来たんだ。

田島貴男 弾き語りショーを観に来たんじゃないか。

 

会場に到着して、開演を静かに待った。久しぶりの国際フォーラム。

この開演前の空気感って大好き。みんななんとなくそわそわしてるよね。

ライブは、初めて参加したけれどもうすっごい楽しくて幸せだった。田島さんギターめちゃくちゃ上手い!一体何本使ったんだろう。その上お茶目で面白くって、みんなに愛されてるんだなぁって、温かい会場の雰囲気から伝わって来た。

立ち上がってリズムを取るのは女性で、叫ぶのはもっぱら男性。面白い。私は観客席を見回しながら、今日ここに集まっている人達は、どんな背景やモチベーションでこの会場まで足を運んだのだろうなんていうことを考えていた。

考えてみれば、時間やお金をかけてはるばるライブにやって来るのって大変なことだ。ASKAさんのライブに行っている時はそんなことを考えたこともなかったけれど、こうしてちょっと俯瞰してみるとつくづくそう思う。

ライブの素晴らしいところはやっぱり、アーティストの気を目の前で受けって、私達観客も気を返すというキャッチボールが出来ることなんだと思う。幸せな気持ちをそれぞれに持ち帰ることが出来て、私達の中に新たなエネルギーが湧いてくる。

それはやはりデジタルな音源を聴いているだけでは実現が難しいことだろうと思う。デジタルな音楽が普及するほど、ライブやレコードというアナログを求めるようになるのは人間の自然な希求という気もする。

 

目の前にその人がいてくれるって、とても幸せでフィジカルな作用があることなんだなって、そんなことを考えながらまた懐かしい道を歩いた。