25年分のラブレター

ASKAさんへの想いや思い出を綴るブログ

信じるという意味

 

これまで私は、誰かを信じるとか信じないという風に考えたことがなかったと思う。あえて答えを出すのなら、起きたことのありのままを受け入れる、という考えでいた。

だから、信じることが楽さとASKAさんが言うその意味がいまいちしっくりこないでいた。この歌の一行一行を手に取るように感じることが出来る気がするのに、信じることが楽、という言葉だけは何となく入ってこなかった。曲のタイトルなのに。

 

信じるって、なんだろう?

頭の片隅でぼんやり考える日々を過ごしていたある日、娘の本が目に留まってぱらぱらめくっていた。「こころのふしぎ なぜ?どうして?」という本。

そこに、人を信じるにはどうすればいい?という質問を見つけた。答えはこうだった。「人を信じるには、まず自分を信じる心を持つことが必要です」。

なるほど。相手ではなくてまずは自分なんだ。

そうしてまた考えているうちに、気付いた。信じるというのは、例えばその人が、期待する行動をしてくれることを信じる、ということではないのだと。「信じていたのに裏切られた」は、信じていなかったということなんだ。

信じるとは、その人との関わりの中で、自分に起きること全てを引き受ける、ということなんだな。

そう思えたら、とてもしっくりきた。つまり、おんなじことだ。

 

幼稚園の園だよりに、児童心理学者 倉橋惣三の言葉が紹介されていて目に留まった。

「心もち
濃い心もち、久しい心もちは、誰でも見落とさない。かすかにして短き心もちを見落とさない人だけが、子どもとともにいる人である。
心もちは心もちである。その原因、理由とは別のことである。ましてや、その結果とは切り離されることである。多くの人が、原因や理由をたずねて、子どもの今の心もちを共鳴してくれない。結果がどうなるかを問うて、今の、此の心もちを諒解してくれない。
その子の今の心もちのみ、今のその子がある。」

 

信じる=引き受けるというのは、どれだけその人の心もちに寄り添えたかということになるのかもしれない。そしてそれはどこに行き着くかと言ったら、愛、ということなんだろうな。

学びは本当に深くて果てしない。
一つ知ると、また次のことを知りたくなる。

何回もその道を通ることで、やっと見えて来るものがあるけれど、それでも全てはいつまでたっても見えない。

道はいつでも新しい。私にも。