25年分のラブレター

ASKAさんへの想いや思い出を綴るブログ

PRIDE

ずっと気になっていた昔の会報のASKAさんのコメントがあって、探してみた。2007年の会報だった。

その記事では、何故PRIDEのような曲が、女性にも支持されるのかということについて、ASKAさんが推測していた。一つは、女性もこの曲に出て来る気持ちを持っているだろうということ。もう一つは、女性には、自分の愛する人や身内をそばで見ている感覚があるからということ。

このコメントの後に、「このASKAの言葉を読んで、大きく頷いている女性がたくさんいることだろう。」

と綴られているのだけど、私はここを読んだ時、大きく首を傾げていたんだよなぁ。

確かにそういう側面もあるかもしれないけれど、私にとっては、本当に共感しているのはそこではないような。でもそれは一体何だろう?

時折思い出しては、ぼんやり考えながら歌を聴いていたのだけど、そうか、それからもう10年近く経っていたんだ。少しぼんやりしすぎたかな。

PRIDEも、月が近付けば少しはましだろうも、ライブで聴くと、その迫力と魂の込もった歌唱にただただ圧倒されて涙が出てしまう。その瞬間には、自分の体験や身近な人への想いはない、と思う。

なんだろうなぁ、と考えてみる。

そうすると、出て来るのは、やっぱり、

ASKAさんの、伝えられなかった事たちは、どんな悲しみをもたらしたのだろう。

とか、

拭きとれるはずの言葉たちは、行き場を失くしてどこへいってしまったのだろう。

沈黙の裏には、どれだけの涙の跡があるのだろう。

ということ。

 

一人歩きする誤解は、どこまでひとりで受け入れらるのだろう。

伝わらない想いを前に、どれほどの痛みを感じるのだろう。

やりきれないほどの孤独は、どの位ひとりで抱えきれるのだろう。

歌にすることで、歌うことで、ASKAさんは、その苦しみを少しばかり浄化出来るのだろうか。

そうであってほしい。

この追体験と、祈りの気持ちが、共鳴に繋がってゆく。

そんな気がしてきた。

祈りが、届きますように。