25年分のラブレター

ASKAさんへの想いや思い出を綴るブログ

X1

 

FUKUOKAではASKAさんの変わらない歌声と美しいメロディーに魅了され、

さてX1はどんな曲なのだろうと、どきどきしながら歌詞に目を通してみた。

第一印象は、あれ?意外なほどに、ストレートな言葉。のように思える。

そして曲を聴いてみると、語り口調のメロディーが静かに展開していく。

何も見ずに聴いた夫が、最初に口にした感想はやはり歌詞のことだった。

なんだろうね、いや歌詞全体が壮大な比喩かもしれないよなんて話をした。

クロスワン。
と言ってみたけど、なかなか、まだしっくりこないな。

何度か聴いて、その後はまたSCENE IIIのループに戻っていった。

でもふと気付くと、このメロディーを口ずさんでいる。

そういえば、短いピアノのイントロが印象的だ。

音源を聴きながら、ピアノでイントロを弾いてみた。そのままメロディーも。

起伏の少ないメロディーが繰り返していく感じ、だったのだけど、

「それだけは、これだけは」

のところに来て、おや?となって止まってしまった。
なに、このたまらなく切ない感じ。

もう一回聴いてみる。

これだけは、のところ。
泣けちゃう。ていうか涙出ちゃった、どうして。

和音が、変わったんだ。

この和音はなんだろうって、私にはすぐに分からなくて、色々弾いてみた。

ここだけ、何回再生したかしら。

そして何度もピアノで弾いてみる。
切なすぎるー。

メロディーの波が淡々と繰り返していく中で、不意に予想外の波が来て足元をすくわれて、感情を激しく揺さぶられた、という感じ。

一度揺さぶられたら、その切なさがずーっと、曲全体に染み渡って聴こえてくる。

メロディーの繰り返しが、フレーズの繰り返しが、ここでいきてくるんだなぁ。

もう、ミクロで泣けて、今はこれでお腹いっぱい。時間が経てばまたきっと色んなことが聴こえてくるかな。

でも不思議。
この泣けたというのは、歌への共感やそこからの連想などとは切り離された、純粋に音楽的な要素からくるもの。

和音の変化で、何故感情が揺さぶられるのだろう。その時、心や身体では、何が起きているのだろう。

音楽のふしぎ。

ニューアルバム、楽しみだー。